サラリーマンを辞めたけれど、また戻った人のブログです(少し子育ての事も)

サラリーマンを辞めて会社に属さず生きていく事に決めたけれど、また戻った人のブログです。2018年に娘が産まれたので、子育ての事も書きます。

娘の出産までの経緯

今回の娘の妊娠から出産までの経緯を自分の頭の中の整理も含め、まとめてみたいと思います。

 

まず、私の妻は出産時に38歳でしたので、高齢出産でした。

なので、心配を抱えながら臨んだ出産でした。

今、こうして娘が元気にいてくれるのは、本当に幸いな事です。

では、妊娠発覚の3月からです。

 

3月

中旬のある日、妻から「生理が来ない」と言われ、検査薬で確認したところ、陽性。

ちょうどその週末に、妻の実家に行く事になっていましたが、妻の実家ではノーコメント。まだ確実ではないですし、喜ばせてしまってはまずい、という事で。

翌週に近所の産婦人科へ。

妊娠5週目と判明、予定日は11月10日。

その翌週から妻は、つわりのような感じで体調を崩したりしていました。

そして余談ですが私は月末に食中毒に掛かり、妊娠中の妻に迷惑を掛ける事に・・・。

 

4月

妻は相変わらず片道2時間の通勤を続けていました。そして勤務先では自転車で移動する毎日。

心配でしたが、急に退職出来ない、との事なので、仕方ありません。

つわりもMAXに達して、本当に見ていて可哀そうな状況でした。

そして、また余談ですが、中旬頃に私は原因不明の腹痛と高熱に悩まされました。今は何とも無いので、原因はよくわからないですが。。。

私、そして妻の両親にはゴールデンウイークに入る前に赤ちゃんの事を伝えました。

私の両親は既に私の妹の娘がいますので、そこまで大きなリアクションではありませんでしたが、妻の両親にとっては初孫ですので、とても喜んだと同時に、結構細かく心配をしてくれるようになりました。

尚、出生前新生児診断は受けない事に。家毎、各々の判断がありますね。

 

5月

ゴールデンウイークは、いつも出掛けるのが好きな夫婦にもかかわらず、遠出はせず。

私の誕生日が近いという事で、1日だけ横浜みなとみらいにあるレストランへ行き、帰りに赤レンガでやってるビールのイベントをビールを飲まず指をくわえながら眺めて終わりました。。

中旬の妊婦検診の血液検査で、肝臓の値が高い事が判明しました。とうとう高齢出産の洗礼を受けた感じです。

産婦人科とは別で検査の為に総合病院にも通う事になりました。

尚、検査の結果は幸いな事に異常無し。

妻に確認したところ、総合病院での検査の前に、それまで飲んでいたサプリを止めてみたとの事。

そのサプリとは、葉酸を摂取する為に私が渡したものでした。

意外なものが肝臓に負担を掛けてしまうようで・・・。

ここから、サプリは使わず、食事でしっかり栄養を取る方針にしました。

 

6月

妻は6月で退職する事になりました。

通勤片道2時間、その為に毎朝6時半出発、酷い時には残業で22時頃に帰ってきたり、休日出勤もあったりして、妊婦にもかかわらず不摂生で大変な状態で仕事を続けていましたが、ようやく解放される事になります。

幸いな事に、つわりがだんだん和らいできました。

そして里帰り出産する事にしようと決めて、その病院で中期スクリーニングの検査を受けました。

そこで「女の子」という事が判明しました。

この時は、まだ100%ではありませんでしたが、嬉しい気分になりました。

その検査の前に、妻の実家近くの川越氷川神社で「戌の日」の祈禱をして頂きました。

 

7月

妻は退職。

体調は良さそうなので、しばらく主婦生活をしてもらう事にします。

上旬には改めて出産する病院を見学し、病院の対応の至れり尽くせり感が溢れていて、即決定しました。

中旬の3連休では、軽井沢に1泊旅行をしてきて、出産前の思い出になったのではないかなと思いました。

下旬には私の住まいがある役所で両親学級に出席。乳児の原寸大の人形を抱いたりして、娘が産まれてくる事がだんだん実感出来てきました。

 

8月

高齢出産にもかかわらず「本当にこれでいいんだろうか」というくらい順調に進んでいたと思います。

ただ、妻は家でじっとしているのが苦手らしく、だんだんストレスが溜まっているみたいでした。

身重では無ければ、仕事がしたいくらいだと。

なので、週1回くらい、友人とランチをしたりお茶をしたり楽しんでもらいました。

一方私は、7月に人事異動があり、激務な仕事に就いてしまい、周りには「身重の妻がいるので早めに帰ります」と言っているにもかかわらず、帰りが0時になる事もしばしば。この時点では、幸い妻が家事がある程度出来たので良かったのですが・・・。

中旬には出産する病院で後期スクリーニングの検査を実施。

その検査の中で、4Dエコーを受けたのですが、赤ちゃんの顔がリアルに映っていて、赤ちゃんがそこにいる事を実感しました。

産まれた結果の話になりますが、4Dエコーは結構赤ちゃんの顔が忠実に映されていたのでおすすめです。

また、この頃になると、周りの方々から、服やベッド、色々なもののおさがりを頂く機会が増えました。

また、ベビー用品のお店に行く事も頻繁になってきました。

 

9月

8月までは妻の体調は落ち着いていましたが、9月に入ると食事を沢山摂れなかったり、家でゴロゴロしている日が増えました。

早く家に帰って家事をしたりそばにいようと思うのですが、なかなか仕事がおわらず早く帰る事が出来なかったのが残念なところです。

中旬には出産する病院での両親学級へ。

役所の両親学級は手続きの話が中心でしたが、病院の両親学級は夫の育児の関わり方から、おむつの替え方、ミルクの作り方、沐浴の入れ方など、本当に実践的な内容で、勉強になったと同時に、父親になるという実感が出てきました。

そして9月の末に妻は里帰り出産の為に実家へ、プチ引っ越しを行いました。

 

10月

10月前半は妻の体調も安定していました。久々に実家に戻ったので、学生時代の友人と会ったりしていたようですが、それ以外は出産を待つだけの退屈な日々を過ごしていたようです。

私は、平日は久々の独身生活、週末は妻の実家に向かうという生活が続きました。

そしてなんと、予定よりも3週早い37週で、娘が誕生しました。

※誕生の際の細かい経緯は、また別で書きます。

 

 

最初にも書きましたが、高齢出産でしたので、何かあるんじゃないかと心配しながら過ごしていました。

しかし無事に娘が産まれてきてくれて、安心したというか、嬉しいというか、夢じゃないか、という不思議な気持ちになりました。

 

皆さんの参考になるかどうかはわかりませんが、ここに記録として残しておきます。